熊本地方裁判所 昭和47年(行ウ)16号 判決 1976年3月22日
原告
石本進
右補助参加人
三新建設有限会社
右代表者
秀島繁雄
右訴訟代理人
天野幸太
被告
玉名労働基準監督署長
右指定代理人
三宅雄一
外二名
主文
一 被告が昭和四六年六月一八日付で原告に対してなした労働者災害補償保険法による障害補償給付支給に関する処分を取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
(請求の趣旨)
主文と同旨の判決を求める。
(請求の趣旨に対する答弁)
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。
(請求の原因)
一、原告は補助参加人三新建設有限会社に機械工として勤務していたが、昭和四一年一一月一八日三井三池鉱業所四山鉱々内においてパイプの運搬作業中右下肢を負傷した。そこで、原告は三池鉱業所病院四山診療所において診察をうけ、「右足踵打撲症」と診断され、労働者災害補償保険法の適用をうけて治療をうけてきたが、同年一二月下旬「右膝外傷性関節炎」を併発した。その後、原告は昭和四三年四月一六日荒尾市民病院に転院し、「右膝陳旧性外傷性関節炎」の傷病名のもとに加療を継続したが、昭和四五年一二月三一日同病院担当医師西一徳より治癒と診断された。
二、原告は右傷病治癒診断後も身体障害が残存するとして、昭和四六年五月一四日被告に対し障害補償給付を請求したところ、被告は、同年六月一五日原告の残存障害は労働者災害補償保険法施行規則別表第一の障害等級第一〇級の一〇(以下、障害等級は同別表第一所定のものをいう。)に該当するものとして、同年六月一八日同等級相当額の障害補償給付を支給する旨の決定をした。<後略>
理由
一請求原因第一項、第二項の事実は当事者間に争いがない。
二ところで、被告が原告に対し障害等級を認定した昭和四六年六月一五日当時、原告には右膝関節部に機能障害、同一部位に神経障害があり、被告は前者が第一〇級の一〇に、後者が第一二級の一二にそれぞれ相当すると認定したこと、しかし、被告は両者が同一部位の主従関係にあるから、別個独立の障害とみることはできないとして、重い方の障害等級第一〇級の一〇に該当すると認定したことは、当事者間に争いがない。
三そこで、以下、右のように同一部位に複数の障害が併存する場合、これが主従関係にあつて別個独立の障害とみることができないとして軽い方の障害を重い障害等級に吸収することが適法といえるかどうかについて検討する。
1 まず、障害等級を定める法的根拠について調べてみると、労働者災害補償保険法第一五条には、「障害補償給付は、労働省令で定める障害等級に応じ、障害補償年金又は障害補償一時金とし、その額は、それぞれ別表第一又は別表第二に規定する額とする。」と規定し、これをうけた労働者災害補償保険法施行規則(以下、単に規則という。)第一四条は、第二項において、「別表に掲げる身体障害が二以上ある場合には、重い方の身体障害の該当する障害等級による。」と定めながら、第三項において「左の各号に掲げる場合には、前二項の規定による障害等級をそれぞれ当該各号に掲げる等級だけ繰り上げた障害等級による。」と定め、同項一号として、「第一三級以上に該当する身体障害が二以上あるとき一級」と明定しいる。
2 次に、<証拠>によれば、被告が本件障害等級の認定につき準拠した基準は昭和四二年一一月一六日付労働省労働基準局長から各都道府県労働基準局長宛通達(基発第一〇三六号)「精神及び神経の障害に関する障害等級認定基準について」であつて、同通達には、「重い外傷又は疾病により、器質的又は機能的障害を残す場合には、一般に患部に第一二級又は第一四級程度の疼痛等神経症状を伴うが、これを別個の障害としてとらえることなく、器質的又は機能的障害と神経症状のうち最も重い障害等級によること」との記載があることが認められる。そして、<証拠>によれば、労働省労働基準局では、右通達の趣旨を敷衍して、「障害の系列を異にする二以上の身体障害が存在する場合には、身体障害の原因が同一であつても、併合されるのであるが、たとえば、長管骨の骨折により、当該骨折部に偽関節又は変形を残すとともに神経障害(第12級の12又は第14級の9)を残す場合のごとく、一の身体障害に他の身体障害が通常派生する関係にある場合には、付随的身体障害は主たる身体障害に吸収され、主たる身体障害のみが残存するものとして評価される。したがつて、このような場合には、併合とならず、主たる身体障害(重い方の等級の身体障害)をもつて等級の認定を行うことになる。」旨のいわゆる公定解釈をとつてきたことが認められる。
3 しかしながら、本件のように、行政機関が国民に対し、障害等級を認定するような場合においては、その認定が直接国民の取得する権利に関るものであるから、その認定基準は法律またはその委任に基づき適法に公布された法規命令に準拠することを要し、当該行政機関はこれに則り、具体的事例を審査すべきものであり、いやしくも、その判断に当り、法が定めた基準に基づかない決定をしたり、あるいは認定基準につき法の予期しない合理的解釈の範囲を超えた解釈を加えてならないことは多言を要しない。そして、この理は、右認定基準につき上級官庁の通達およびいわゆる公定解釈が存する場合においても同様である。
4 右の観点から、本件についてこれをみるのに、原告には右膝関節部に第一〇級の一〇に相当する機能障害と第一二級の一二に相当する神経障害とが併存することは被告が認めているところである。しかるに、被告は前記通達によつて、右第一二級の一二に相当する神経障害を右第一〇級の一〇に相当する機能障害から通常派生するとし、別個の障害とみられないと解釈して、後者の障害に吸収せしめて障害等級の認定を行つている。
だが、この場合において、右通達のような解釈をとらず、右併存障害について規則第一四条第三項を字義どおり適用するとすれば、原告の障害等級は、同項一号に該当する場合として、重い方の機能障害の等級すなわち第一〇級の一〇を一級繰り上げた第九級に認定される筋合である。
果して、規則第一四条の解釈につき、被告の主張するような解釈が法律の定めに合致したものといえるであろうか。
(一) そもそも、規則第一四条において、障害の系列を異にする障害が二以上ある場合において、原則として、重い方の身体障害の障害等級をその複数の身体障害の障害等級とすると定めた(第二項)のは、このような場合に適当な障害等級を定めることが困難を伴うためであると推測される。しかるに、同条第三項において、前記のとおり第一三級以上に該当する身体障害が二以上あるときに、重い方の等級を一級繰り上げることとするよう例外を定めたのは、障害が右の程度に達すれば、重い方に吸収して切捨てることは不適当であるからとの配慮により前記同条第二項の原則を修正したものと解するのが相当である。
(二) そうだとすれば、本件のように、原告の右膝関節に第一〇級の機能障害と第一二級の神経障害が併存している場合には、たとえ神経障害が機能障害から派生し、付随するものであるとしても、右の神経障害を機能障害に吸収せしめることには、多大の疑義がある。けだし、まず、右のように解釈することは、前記規則が明定した第一三級以上の障害が併存する場合の等級の一級繰り上げを明文を置かずに適用除外例を設けるに等しいことになるおそれがある。
(三) のみならず、そのような法解釈には次のような難点が考えられる。すなわち、前記通達およびいわゆる公定解釈が示すように、外傷等による機能障害があれば、同一部位に第一二級または第一四級程度の神経障害が通常付随するから、そのうち重い障害を選択すれば足りるということであれば、重い機能障害の等級の中に軽い神経障害のそれが、あるいは重い神経障害の等級の中に機能障害のそれがそれぞれ組み込まれるか、これを綜合斟酌しうる仕組みになつていなければならない筈である。しかし、前記施行規則の別表を通覧しても、機能障害と神経障害相互の間にかような関連性ないし綜合認定の可能性を見出すことはできないし、また、そのような趣旨を定めた規定も存しない。また、機能障害と神経障害とは系列を異にする障害であるから、前者の認定にあたり、後者の程度を斟酌するという関係にあるとは考えられない。もつとも、<証拠>中には、両者を綜合して等級を認定しうるような口吻を洩らしている部分があり、また、<証拠>には、原告の障害につき、機能障害を第一〇級の一〇、神経障害を第一二級の一二とそれぞれ分別して判定しながら、両者は別個の障害としてとらえることなく、最も重い障害等級により認定されるべきである旨の所見を付していることが認められるが、<証拠>によれば、同人は同一部位の障害の併合吸収に関する前記通達を参考にして前記のような証言および所見を述べていることが明らかであるから、右証言および所見をもつて、原告の右神経障害が機能障害の等級判定に斟酌されたとは認められない。
(四) さらに、同一部位における神経障害が機能障害に由来するとしても、第一〇級程度の機能障害があれば、常に神経障害が伴うとは限らず、これが残らない場合、残つても、第一四級程度あるいはこれに達しない程度の場合も考えられる反面、第一二級程度の頑固な神経障害が残ることも考えられる(この点は、<証拠>からも窺われる。)。そして、被告のいわゆる公定解釈によれば、第一二級の疼痛は労働には通常差支えないが、時には強度の疼痛のため、労働にある程度差し支える場合に判定すべきものとしていることが、<証拠>によつて推認されるから、たとえ同一部位に神経障害を伴う場合でも、第一二級程度の疼痛は労働能力の減少という観点からみて無視するのは妥当でない。しかも、右神経障害と機能障害とを併合して一級繰り上げても、障害の序列を乱すとは考えられない。
(五) かようにみてくると、同一部位に第一三級以上の機能障害と神経障害とが併存する場合においては、たとえ両者の間に主従ないし派生関係が認められるとしても、重い障害等級に吸収してしまうことは、取りも直さず、無視さるべきでない程度の障害を無視する結果を招くことになり、規則第一四条第三項の一級繰り上げの法意に反する違法な法解釈といわざるをえない。
5 してみれば、被告が原告の右膝関節部の機能障害を第一〇級の一〇、神経障害を第一二級の一二と認定しながら、繰り上げの障害等級を認定せず、重い第一〇級の一〇に該当するとして同等級による保険給付の決定をしたことは、結局法令の解釈を誤つて違法な行政処分をしたものというべきであるから、原告主張のその余の点につき判断をなすまでもなく、これを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(糟谷忠男 中野辰二 山口博)